LIFE STYLE

vol.9 「おしゃべりな花たち」

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いま、いま、あるところに、たくさんの花が咲きほこる庭がありました。
その家の主人は、近ごろ元気がありません。庭に出て水やりをしていてもぼんやりしています。
花たちは、ざぁっと顔に水をかけられることにうんざりしていました。
いつもなら、葉っぱや土にかけてくれるのに──。

恋です。

家の主人は、あの子に恋していました。
あの子には、花たちは会ったことがありませんが、よく遊びにくるちょうちょにミツをたっぷりあげたら教えてくれました
「おまえの家の主人は、あの家の子に恋をした」
花たちはそれを聞いて、みんなむずがゆいような、はずかしいような気持ちになりました。だからぼんやりしてるんだ。
けれど、このまま顔に水をかけられつづけるのは、ごめんでした。

ある日のこと。
窓辺から主人が、あの子の家のほうを眺めていました。
するとぼんやり、その家に向かって虹がかかりました。
花たちと、家の主人は、ほとんど同時に思いました。

「今日だ!」

花たちの耳に、家の主人がシャツにアイロンをかけるシューシューという音が聞こえてきました。
花たちは、それぞれが植わった場所から、いそいではなしあいをはじめました。
「ぼくたちのなかから、ぴったりの花束をつくってもらおう!」

ユリが言いました。
「ぼくの花言葉は、はじまりに、だよ。いいでしょう!」

チューリップが言いました。
「わたしは、たいせつにする。わたしだけだってステキ!」

パンジーは、おなじパンジー同士で言いあらそいをはじめてしまいました。

シャクヤクとニゲラが、声をそろえて言いました。
「こっちは、めをとじて。こっちは、ゆめであう。いちばんロマンティック!」

花たちはみんな、もともとある花言葉から、思い思いの言葉をつくって言いました。

はなしあいがうまくまとまらないうちに、ドアをガチャガチャと開ける音が聞こえました。
花たちは言いました。

「ちょうちょに決めてもらおう! ぼくたちの花言葉を、いちばんステキな組み合わせにして!」
ちょうちょがめんどうくさそうにするので、花たちは、ミツをたくさんあげるから! と言いました。ちょうちょは、にやりと笑って言いました。これであの子も恋をするさ!」

家の主人が庭に出てくると、ちょうちょが飛び出して、それぞれの花の上でひらひらとエレガントに舞いました。
家の主人は、何か言いたげなちょうちょについていって、花を少しずつ切りました。
それからリボンをまいて、ちいさな花束にしました。

選ばれた花たちは、誇らしげにしていました。

それから、家の主人は、あの子の家に向かいました。ちょっと進んでは、やっぱり帰ろうかな、といったりきたり。
そのようすに、ガマンができなくなったちょうちょが、家の主人のせなかを押します。
ずい、ずい、と進んでいくうちに、虹のかかったあの子の家に、ついてしまいました。

家の主人は、ベルに手をかけて、また悩んでしまいました。ちょうちょはあきれていました。「まったく、バカだね!」
花束になった花たちは、どきどきしながら待ちました。こころのなかで、これいじょう手で持ってたらあったまっちゃうよ! と、ちがうことでもどきどきしていました。

それから、そんなに時間がたたないうちに、家の主人は、あの子の家のドアの前に、そっと花束をおきました。
するとくるっとふりかえり、家に帰っていきました。
ちょうちょも花たちも、びっくり!

ちょうちょがバタン! とドアにぶつかると、あの子が気がついて出てきました。
そして、おかれた花束に気がついて、ひろいあげました。
「きみたちはどこからきたの?」

すると花たちはつぎつぎと、誇らしげに花言葉を言いました。
みじかい詩となって、家の主人の気持ちはあの子につたわりました。

「けれどいったい、だれなんだろう?」

 

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YASUTAKA OCHI

Flolist

Instagram : ochiyasutaka

1989年生まれ。表参道ヒルズでフラワーショップ「DILIGENCE PARLOUR」、東京ミッドタウンのイセタンサローネで「ISdF」営みながら、花や写真、文章を主軸に様々な表現活動を行なっている。店頭小売のほか、イベントや広告などの装飾も行う。